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IDLE TALK
私的ココロ







ディーシー・ラボの代表、奥本が、モノやコトそしてドーラクについて、その時々の興味を気ままに綴ったアイドルトーク(無駄話)。仕事も遊びも楽しむ方々との小休憩ページです。
また時折登場する趣味のコラム「道楽迷路」は、その道の趣味、興味のない方にはさっぱり意味不明、本当に時間の無駄となります。


過去の私的ココロ

お暇な方、もの好きな方ヘ贈る、愛と追憶のバックナンバー。





Vol.019
齢をかさねる

文・写真=奥本健二






昔、サントリーが女優の大原麗子を起用したCMで、
「少し愛して…長〜く愛して」というのがあった。
1977年の作品だから、私が高校生の頃のもの。
CMがまだ社会的なインパクトを持っていた時代の、味わい深い名キャッチコピーだ。
しかし10代の当時は、このCMを見ても艶っぽい大原麗子のインパクトばかりが強く、コピー表現そのものには煮え切らない感じだなぁというのが実感だった。
恋愛はそんなまどろっこしいものじゃイヤだ!なんてね。
しかし、40代の半ばを過ぎた今では、その心情がとてもよくわかるのだ。
時間や心の高揚を惜しむような気持ちで、大切にゆっくりと味わいたいという気持ちが。
齢を重ね、時間が有限であることを知ったからこそ、少しでもいいから長くありたいのだと思う。



そんな私は、最近自分の中の「老い」というものを自覚するようになった。
体力や視力が衰えたことは当然だが、それだけじゃない気がする。
心の中の30代までのなにかが失せ、別のなにかが生まれてきた感覚なのだ。
40代という年齢は、人生のターニングポイントでもある。
20代30代ではこのことに気づかない。
それどころか、いつか死が訪れるなんてことも意識したことすらない。
20代30代はしゃにむに走っているだけで、自分が速いのか遅いのかもわからない、振り返ることのない世代。
だから「俺はずいぶんリードしているぞ」と思っていても、実は周回遅れだったりする。
それが40代になれば、急激にわかってくるのだ。
そして、気づくのである。
「もう折り返し点を過ぎているじゃないか!」と…。



いつの間にか、仕事の仲間も年下が大半になってきた。
乾杯の音頭を…なんて役割も仰せつかるようになってきた。
もとより、40代ともなれば、自分一人でガンガンいく年代じゃない。
周囲の人材をうまく活用し、あるいは助けてもらいながら、いかに包括的な成功へ導くかが重要になってくる。即ち、どれだけ多くの人を巻き込みプロデュースできるかが問われる年代なのである。
そう、迷い無く進む、リーダーシップを発揮すべき立場になってきたのだ。

孔子の有名な「論語」の中に、40歳を「不惑」とした言葉がある。

『子の曰く、吾れ
 十有五にして学に志す。
 三十にして立つ。
 四十にして惑わず。
 五十にして天命を知る。
 六十にして耳順がう。
 七十にして心の欲する所に従って、
 矩を踰えず。』 

 《訳文》
 わたしは十五歳で学問に志し、
 三十になって独立した立場を持ち、
 四十になってあれこれと迷わず、
 五十になって天命(人間の力を超えた運命)をわきまえ、
 六十になって人の言葉がすなおに聞かれ、
 七十になると思うままにふるまって、
 それで道をはずれないようになった。

これを読むと、その歳を過ぎたにもかかわらず、今なお迷いの最中にいる私などは、自戒の念にさいなまれたりする。
しかし、孔子はなぜ「四十にして惑わず」と語ったのか。
これは今思うに、とかく心を惑わせがちな四十代だからこそ逆に、動揺を自ら戒め、「惑わざる年代たれ」としたのではないだろうか。
解釈の仕方によっては、ようやく70で道をはずれないようになったという孔子の、「私でさえ、こうだったのだから安心すべし」ともとれる、優しい激励のようにも思えるのだ。



これからも「老い」は確実に進んでいくだろう。
その中で私は、何をすべきなのか。
ただ言えることは、今まで築き上げた狭い知識やスキルに満足し、新しいことに挑戦せず、守りに入っていてはいけないということ。
それこそ10代の頃、「つまらない大人にはなりたくない!」と言っていた、つまらない大人になってはいけない。

最近、「若いうちに圧倒的に稼いで、早めにリタイアしてのんびり暮らしたいんです」とか、「もう仕事しないで、自然のいっぱいある海外で子育てします」なんていう、30代の人がいたりする。
更にそれを羨ましいと感じる若い世代がいる。
これは、羨望のライフスタイルなのか?
これこそ「つまらない大人」だと思うのは、私だけだろうか。
人間は、働かなくていいくらいお金を得ても、不労所得があっても、働けるのにリタイアしない方がいい。
もがき苦しみながらだって、これが俺の生き様だって胸を張って働いた方が潔いと思う。
一生、現役!その方が絶対カッコイイし、美しい。



また、巷でよく聞く「アンチエイジング」という言葉。
一般的には、“若く見える”という外的な意味でとらえていることが多い。
しかしその真意は、肌年齢などの見た目の話だけではないはずだ。
それより、内なる心のケアが肝要なのだ。
生きがいがあり、信じるライフスタイルをもち、元気に人生を楽しむ姿こそが、求められるべき「アンチエイジング」なのだと思う。
老いを止めることは、誰にもできない。
ならば、その老いを積極的に楽しめばいいのだ。
私は、若く見えることを良しとする考え方を止めた。
もう若く見せたいとも思わない。
シワも白髪もあって当然、むしろ良い感じで年を重ねたという印象や、信念のあるライフスタイルが醸し出されるミドルエイジでありたいと思うのだ。

私と同世代のあなた、小さくなってしまいそうな好奇心や夢を集め、ワクワクする気持ちを思い出そう。
齢を重ねたからこそわかる、心静かな静寂を愉しもう。
今すぐそれが見つからなくても、焦ることはない。
昔のように一日中走り続けることはできないが、有限の時間を知った上でゆっくりと歩き続けることが、私たちの世代らしさなのだから。



*使用したイメージカットは、すべてインド旅行時のもの






2006年10月03日 12時38分

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