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IDLE TALK
私的ココロ







ディーシー・ラボの代表、奥本が、モノやコトそしてドーラクについて、その時々の興味を気ままに綴ったアイドルトーク(無駄話)。仕事も遊びも楽しむ方々との小休憩ページです。
また時折登場する趣味のコラム「道楽迷路」は、その道の趣味、興味のない方にはさっぱり意味不明、本当に時間の無駄となります。


過去の私的ココロ

お暇な方、もの好きな方ヘ贈る、愛と追憶のバックナンバー。





Vol.002
一生モノとつき合う

文・写真=奥本健二






あれは…30歳になったばかりの頃だったか。(遠い目)

なんとなく意識しはじめたことがある。
それは、「そろそろ一生モノを持ってもいいかな」ってこと。

何を定義に一生モノかは、当時それほど考えてなくて、ただの物欲を、「俺だって毎日がんばって働いてんだから、ちょっと位贅沢したって…」という感情論と共に理由づけて、自分で納得していたような気もする。

ここに登場したモノも、購入欲がピークになるごとに、「俺だって毎日がんばって…」と、何だか泣きたくなるような感情論で、手に入れたモノたちだ。

とはいっても、子どもが生まれて間もないサラリーマンに、金銭的余裕などなく、何でもかんでも買えるわけもない。
だから、じっくりアイテムを絞り「そろそろ一生モノを」となったのだろう。

最も長いつき合いは、ファイロ・ファックスのシステム手帳。
システム手帳が流行るきっかけになった、一番最初のモデル。
バイブルサイズと言われる分厚い黒革に、各用途に合わせたリフィール。
当時はこれでも新鮮だったのよ。

購入を迷う私の気持ちをドーンと押したのは、店員さんの一言。
「この革いいでしょ。ロールスロイスのシート素材と同じなんですよ」
この一言で、「俺だって毎日がんばって…」が頭に浮かんだ。

現在は、どなたも最新のモバイルツールに、スケジュールを打ち込む。
しかし私はというと、メモはやっぱりこれに手書きなんだ。
もはや体の一部。こいつだけは見なくても目的のページが開ける。
老眼が入ってきて、小さい文字はつらくなったが、それでもこいつを使い続けるだろう。



ファイロ・ファックスとベストマッチなのが、クロスのボールペン。
まさに永遠不変のデザインと書き味。
シルバーのボディーも酸化で黒ずみ、ぶつけてボコボコだけど現役だ。ボロでも引け目を感じないし、味というか風格が出てきてグッド。
使ってる私の方は、いっこうに味も風格も出てこないんだけど…。




私はアイデアなりコピーなり、いまだに紙の上でやるのが性に合う。
またちょっとひと言を、ハガキに書いて送るなんてこともやる。
そんな時一番しっくりくるのが、このモンブラン146だ。

モンブランのマイスターシュテュックには、軸の太い順から149、146、144の三種類がある。
このマイスターシュテュックの原型は1924年だそうだから、
およそ80年間にわたる、とんでもないロングセラーだ。

書き味といい、変わらないインク吸入機構といい、万年筆の傑作だと、多くの人がいうのは素直に納得できると思う。
「俺だって毎日がんばって…」が頭に…(もういいって!)

一度落として軸を折り、ペン先の意匠は80年代で、軸のインク窓の意匠は現行タイプという、ハイブリッド?に生まれ変わった。
もう金メッキも摩耗し、はげかかっているけど、やはり愛着がある。
ただ、Fという細字ペン先に合う、小さな文字が書きづらくなったのがつらい。



このロレックス・エクスプローラーIとも長いつき合いだ。
型番は Ref 何とかだったけど、忘れてしまった。
現行型でない、シンプルな昔からの文字盤の最終型。

これだけは20代の頃から欲しかった。
山岳部に在籍した学生時代に、1953年、あのエベレスト初登頂を達成したヒラリー卿が身に付けていた時計が、エクスプローラーIのプロトだった、という話に猛烈に反応したのだ。
エクスプローラー(探検家)という名前もいい。

そして30歳の記念と強引に思いこみ、東京出張の際にヨドバシカメラで並行輸入品を買ったのがこれ。
たしか20万円位だったと思う。
当時は派手なコンビモデルが人気で、無骨なエクスプローラーIは全く人気がなかったのだ。

コンビモデルや、いわゆる宝飾時計には全く興味はなかったが、ステンレスモデルのみで、時を刻む以外なんの機能もないエクスプローラーIの、ロレックス社硬派実用時計の最後の砦的なところが好きだった。

その後、エクスプローラーIが製造中止という噂が流れ人気急上昇。
キムタクが愛用するということで、大ブレイク。(俺の方が早い!)
一時、旧型は中古品でも程度が良ければ、60万円位したらしい。

それもちょっとうれしかったが、なにより他の人と違うモノを着けたいという欲求と、しかもそれが派手でなくシンプルで、知る人ぞ知る旧型という点がうれしかった。秘め事のように。ムフフ…。




果たして、写真のモノたちとは、ほぼ15年程つき合ってきたわけだ。
買い換え欲求は全くないし、ここまでくるとたぶん本当に一生モノだ。
で、本当に体に馴染んでいて全く飽きない。

これらは使わないときも、そばにあると安心する。
なんだか共に戦ってきた戦友みたいな感もある。

そして改めて眺めると、すごいアナログ感。
でもデジタル全盛の今だからこそ、いいんだよね、これが。




2005年06月10日 19時21分

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